知っているようで実はよく知らない。
私の中ではその代表的なものとしてグーグルがありました。
もちろん毎日検索で使っていてサービスそのものは知っていますが
ビジネスモデルの発端から構造、10年後に彼らが生み出す社会像は?
となると知りません。
そこで遅まきながら
「グーグル革命の衝撃 NHKスペシャル取材班著 新潮文庫」
を読みました。
自分がいかに“表層的”にしかグーグルを捉えていなかったか
と言う事にも衝撃を受けたのですが、今回は内容については
触れません。ご興味のある方は是非。
この本の中で、東京大学の小宮山宏総長が入学式の式辞で述べられた
お話しに感銘を受けたので、簡単にご紹介します。
小宮山総長は、グーグルによって、整理されていなかった断片的な情報が
瞬時で検索できるようになったことは革命的としながらも、
これらの大量の情報は「知」ではなく「ただの情報」であるとしています。
そして「学術的な疑いの直感」は、その人の頭の中でしか生まれないもので
様々な情報が、その人の「知」として関連付けられ、構造化されて
初めて意味のあるものとして働くものであると説かれています。
検索して得た結果を自分の知と勘違いするな、という事だと思います。
「最近は、インターネットを駆使して誰でも大量の情報を短時間のうちに
入手できるようになった。――中略―― インターネットで入手した、
構造化されていない大量の情報は、「思いつき」を生み出すかも知れないが、
「閃き」を生み出すことは極めて稀だ。頭の中に、いかに優れた知の構造を
作ることができるか、それが「常識を疑う確かな力」を獲得する鍵なのだ。」
文献:NHKスペシャル取材班 2009 『グーグル革命の衝撃』新潮文庫。
その為には、一見、非効率に見えるような地味な作業(自分の手足を使って
様々な情報を取ったり整理したりすること)が極めて重要なのだと。
グーグルの構想によれば、例えばある政治家がした発言に対して
彼の過去の発言ログをコンピュータが瞬時に解析して、その発言が
どのくらい信用できるのか?を数字ではじき出せるそうです。
これはこれで国民にとっては有難い「情報」ではありますが
それだけを「真実」と捉えてしまうと非常に危険です。
しかし、そのような社会は確実に来るでしょうね。
広告に関しても同様です。
近い将来、我々が普段使っているデバイスから簡単に必要な「広告情報」が
引き出せたり、推奨されるようになった時に、
その「広告情報」は“統計的”には正しいかもしれないけれども、
人間の持っている“センス”とか“感情”などの、数字で説明しきれない部分や、
まだ本人が気づいていない新しい価値観などを刺激したり、出会ったりすることは
“演出”出来ないはずです。
マーケティング調査においても“統計数字”だけではわからなかったけれども
“現場を見てみたら気がついた”と言う事がよくあります。
また、ある音楽や広告表現に出会った時に起きる、“感動”や“新しい自分を発見する驚き”
と言った事は、絶対にコンピュータで解析された「情報」には出来ません。
私は改めて、これからは、更に“クリエーティビテイ”の質と希少性、
そして“愚直なまでの現場主義”と言うものが
我々広告業界には求められると思うのです。
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